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2000/12/27 |
ポジティブ・メッセージ |
レズビアンやバイセクシャルの友達が一度に増えたのは数年前、クラブやオフにでかけるようになってからだ。
それまで意識しなかったことを、私は感じるようになった。
「みんな違うんだなぁ」
周囲に同じセクシャリティの友人がいなかった学生の頃、「レズビ アンの友達がいたら楽しいのに」と思っていた。 ヘテロセクシャルのクラスメートが、好きな異性の話題で盛り上が
るのを傍観しながら、私は違和感を感じていた。
今、感じているのはあの時のような違和感ではない。
同じセクシャリティの友人と話していて感じる違いは、自由の匂い がする。
きっかけは自分のコンプレックスだった。
私は小さなことが頭から離れなくなって、多分大したことでないの に、とても悲しくなることがあった。
でも、「みんな違う」のだから、そこは気にしなくてよかったのだ。 わかってもらえないと思っていたのは私だけで、そんなに気に
しなければいい事なんだとやっとわかってきた。
自分の頭の中で、気にしなければいい、と自分に言い聞かせても あまり効果はなかったのに、人に言われるとだんだんと、 そう思えてくるから不思議なものだ。
すべてのレズビアンやバイセクシャルがそうだとは言わないけれど、 また、すべてのヘテロセクシャルがそうだとは少しも思わないけれど、
少なくても私は学生の頃、身近なヘテロセクシャルの友達から「あなたは 違う」 という暗黙のメッセージを受け取っていた。
そして、セクシャルマイノリティの友人が増えたとき、
彼女たちから、 「みんな違うんだ」というポジティブなメッセージを受け取ったように思う。
できればもっと早く、レズビアンやバイセクシャルの友人に出会いた かったという気持ちが強い。
自分が女性を好きだと自覚したのは、幼稚園のころだった。
身近に 同じような人がいなくて寂しいと思っていた。
レズビアンやバイセク シャルの友人ができてから、まだ、数年しか経っていない。
けれど、 それまでの私の人生と、だいぶ違ってきたことがある。
私はほんの一握りの友人とも、「好きな人」について話すことが なかった。
他の同世代の人間が今、付き合っている相手との 恋愛相談をもちかけてきても、私は引き合いに自分の話をする ことは一切なかった。
当時、それほど好きな女性がいなかった、 ということもあるかもしれないけれど、それにしても 聞いてばかりで、つまらかった。
今は、好きな人のことを自由に話 せる環境がある。 それだけのことでも、とても大きいのだ。
私はビアンサイトがあることを知って数週間後には、オフに参加 していた。
一人で行くのは心細かったけれど、みんな暖かかったし あの時、行ってよかったと思う。
たくさんのことを話せる場所があるということは、 とてもうれしいことだと思った。
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written by 小鳥 |
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